大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)390号 判決

控訴人(附帯被控訴人)〈一審被告〉

広瀬金夫

中村薫

右両名訴訟代理人

古屋福丘

被控訴人(附帯控訴人)〈一審原告〉

新日栄企業株式会社

右代表者

新屋敷正人

右訴訟代理人

猿谷明

主文

原判決を左の通り変更する。

控訴人広瀬金夫は被控訴人に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月七日から支払ずみまで年六分の金員を支払うべし。

被控訴人の控訴人広瀬金夫に対するその余の請求および控訴人中村薫に対する請求を棄却する。

被控訴人の附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人と控訴人広瀬との間に生じたものはこれを三分し、その二を被控訴人の、その余を同控訴人の各負担とし、控訴人中村との間に生じたものは全部被控訴人の負担とする。

事実

《前略》

当事者双方の事実上の陳述は、左に付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、控訴人らは抗弁として、第二期工事の採掘地点迄の道路は控訴人広瀬が新設したものであるが、被控訴人が第二期工事を中止したので控訴人広瀬は右道路の復元工事を施行しなければならず、その費用として金八〇万二、二〇〇円を要するところ、この金額は当然被控訴人の負担すべきものであるから、控訴人広瀬は右復元費を自働債権として昭和四八年一〇月四日の当審第三回口頭弁論期日において被控訴人の本訴請求債権を受働債権として順次対当額において相殺する旨の意思表示をすると述べ、被控訴人は右抗弁事実は否認すると述べた。

《後略》

理由

当裁判所は、控訴人広瀬の当審における新たな相殺の抗弁は一部認容すべきものであり、控訴人中村の相殺は主たる債務にも影響をおよぼすものと判断するものであつて、その結果、被控訴人の請求を一部認容し、その余を理由なしとして棄却することとなる。その理由は左に付加変更するもののほかは、原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。

《中略》

一〈証拠〉をあわせると、被控訴人は日印産業の岩原唯夫から山梨県下の本件鉱山について採掘の話をもちかけられたところから採掘権者である控訴人中村との間に昭和四四年五月一一日、同日から存続期間を五カ年とする租鉱権設定契約を締結し、その旨の認可をうけた。被控訴人としては、かかる鉱山の経営(採掘と鉱石の販売)は始めてのことでもあり、本件鉱山の管理よりはむしろ鉱石の販売面を重視し、採掘の方は現地の業者に請負わせることにした。他方本件採掘工事を請負つた控訴人広瀬はもともと運送業者で鉱石の採掘については全く経験がなかつたので、いわば本件鉱山の採掘は素人同志の手によつて始められたものであり、採掘個所については控訴人中村の意見にもとづき主に決定されるという状況であつた。本件貸金および手形による融資は右のような事情のもとに控訴人広瀬の事業資金として、コンプレッサー、さく岩機などの購入等にあてられるものとして出損されたものであり、その購入代金少くとも当初の第一期工事のために要した費用は、控訴人広瀬において採掘した硅石を被控訴人に駅又は工場渡で引渡すさいに定められた硅石代金を取得することによつて実質的に回収することが見込まれていた。しかるに第一期工事は予期に反して生産実績があがらなかつたため、当事者三者は協議のうえ、昭和四五年七月一七日第二期工事として新らしく坑口を選定し、その旨の変更施業案認可申請がなされ、その後控訴人広瀬はその予定坑口までの道路開設工事を一応おえていたところ、被控訴人は昭和四六年三月一七日控訴人らとなんら協議することなく、右申請を取下げてしまつた(甲第八号証)結果、第二期工事は中止のやむなきに至つた。

以上の事実を認めることができる〈証拠判断省略〉。

右事実に徴すると、本件貸金は少くとも前記約定五カ年の採掘期間内における採掘量に対応する代金をもつて返済せられるべきものとして当事者間において授受されたものと推測されるから、採掘量が企業の採算ペースにあわないからといつて採掘工事を被控訴人において一方的に中止する場合には、本件貸金などの回収については相手方と然るべき協議をなすべきは当然であつて形式上これが消費貸借または約束手形の振出としてなされていることを理由にその返済を求めることは、いささか商取引上の信義則に反するとの譏りを免れないであろう。

したがつてかかる場合には右採掘請負人たる相手方においてその履行のために要した費用等につき賠償の請求をなしうるものと解すべきであり、〈証拠〉の工事請負契約約款第二六条はまさにこの趣旨に出るものといえよう。

そうだとすれば本件において第一期工事の施行については控訴人広瀬の負担とすべきことはやむをえないとしても、少くとも第二期工事の施行につき当事者間において協議が成立した結果なされた道路造成費用は勿論のことその復旧工事費用についても控訴人広瀬は賠償を求めることができるというべきである。

二そこで右各金額について判断する。

(1)  第二期工事のための道路造成費用金五〇万円についての控訴人広瀬の相殺の抗弁を認容すべきものであることは、さきに引用した原判決理由説示のとおりである。

(2)  つぎに右道路の復旧工事費用については、〈証拠〉によると、滑沢道路、畑復元工事費として合計金八〇万二、二〇〇円というのであるが、右金額はあくまでも見積りにすぎず、かえつて〈右証拠〉によると、右道路のうち八四三ノ二、八四四ノ二の部分はもともと道路であつたところであるから、復旧工事を要すると思われるのは元畑地であつたという八三九ノ二、八四七ノ二と八四七ノ一の一部分にすぎない。そのうえ第二期工事は採掘に着手しないうちに中止されたものであるから、道路の使用状況からしても第一期工事の復旧工事の場合とは異なり、その復旧のための表土に要する費用は右見積書におけるが如く三五〇立方メートルの全額は認めることはできないが、その規模、面積の比例からみてその四分の一程度を肯認すべきであり、その他の整地、石積工事およびこれがためのブルドーザとその運搬費、人夫輸送はその必要があるものと認めうる。その金額は〈証拠中〉の金額中表土工の費用の四分の一である金一二万五、五五〇円とその余の費用との合計金四〇万二、七五〇円を妥当として認容すべきである。

三ところで右復旧費はおそくも第二期工事施業案の取下後である昭和四六年五月ごろには、控訴人の施行すべき工事に要する費用として計上しえたものとはいいえても、その施行前にこれを被控訴人に請求しえたものと解すべき特段の事情を認めることはできないが、当審における控訴人広瀬本人尋問の結果によれば、右復旧工事はすでに施行ずみであることが認められる(もつとも右本人尋問の結果によればその費用は一三〇万円を要したというが、前記事由により、これをそのままに認容することはできない)。本件相殺の意思表示が裁判上なされた昭和四八年一〇月四日当時には右工事が施行されていたことを認めるべき証拠はないから、右自働債権は成立していたとすることはできないけれども、遅くとも右本人尋問のなされた昭和五〇年一月一四日当時は工事施行の結果成立しており、即時請求しうべきものとなつていたと認めるべきであるから、右相殺はいわば将来の債権をもつてしたものというべきではあるが、その後右債権が成立した以上、昭和五〇年一月一四日に相殺適状に達したものとして有効と解すべきである。

よつて右相殺による充当関係を考えると、本件貸金(貸付日昭和四四年六月二日、弁済期同四六年六月二〇日)については、さきに第一審でなされた控訴人広瀬の相殺の結果(この相殺適状は昭和四六年六月二〇日)元本残額二九万八、四一三円およびこれに対する昭和四六年六月二一日から支払ずみまで年三割の損害金の限度で残存したことは右に引用した原判決の理由に示すとおりであるから、当審における右復旧費債権による相殺は、右残存債権に対するものとなり、まず右貸金残元金に対する昭和四六年六月二一日から相殺適状たる昭和五〇年一月一四日まで年三割の遅延損害金三一万九、五八七円(円未満切捨)に充当し、残額を残元本に充当すべく、その結果元本残額八万三、一八三円およびこれに対する昭和五〇年一月一五日から支払ずみまで年三割の遅延損害金を残すこととなる。これに対し、後記のとおり控訴人中村が自己の反対債権金一四万一、四〇〇円をもつて相殺の意思表示をしており、その効果は控訴人広瀬においても援用しているものと解すべきこと弁論の全趣旨から明らかであり、前記残存した主債務は保証人の出捐により全額消滅したものと認めるべきである。けだし保証人と債権者との間に生じた事項は、原則として主たる債務者に影響をおよぼさないけれども、保証人の弁済その他の出捐により債権者が満足を得たかぎり、主たる債務もまた減少又は消滅すべき筋合であるからである(爾後は主たる債務者と保証人との関係で求償の問題を残すのみとなる)。

そうだとすると控訴人広瀬に対する被控訴人の本件貸金請求はすべて理由なきに帰する。

しかし被控訴人の控訴人広瀬に対する本件手形金の請求は理由があることは、原判決理由の示すとおりであるから、結局控訴人広瀬は被控訴人に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月七日から支払ずみまで年六分の利息金を支払う義務がある。

四被控訴人の控訴人中村に対する本訴貸金請求は主たる債務が主債務者たる控訴人広瀬による相殺の結果前記の限度に減少し、このことは保証人として控訴人広瀬の相殺を援用している控訴人中村にも効力をおよぼすものであり、これに対し、さらに同控訴人は自己独自の反対債権(その認容すべきは原判決理由に示す合計金一四万一、四〇〇円)をもつて、さきに第一審において相殺の意思表示をしているから、その効果について判断するに、保証債務は主債務に附従するものであり、保証人が自己の債権をもつて相殺に供するのは、主たる債務が存在し、その責任が自らにおよぶ保証債務に対してであることは事の性質上当然であるから、保証人が裁判上いつたん自己の債権をもつて相殺を主張したとしても、当該裁判が確定する以前に主たる債務が別の理由で一部消滅したときは、その残存する主債務の限度で自己の債権を相殺に供したものとしてその充当を処理するのが相当である。これを本件についてみれば、控訴人中村が原審で相殺の意思表示をした当時は主たる債務は元本金二九万八、四一三円に対するものとして計算されたものであるが、当審で主債務が主債務者の相殺により減少した以上、当審としてはその残存する主債務に対するものとして、あらためてその相殺の充当を考えることとなる。してみれば、主たる債務は昭和五〇年一月一四日現在で元本金八万三、一八三円を残すのみとなつた本件においては、右日時以前に成立した控訴人中村の反対債権金一四万四、〇〇〇円によつて全額消滅したものというべきことは明らかである。

従つて被控訴人の控訴人中村に対する本件貸金請求もまた理由なきに帰するものというべきである。

《後略》

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

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